ベーカリー(製パン店、パン屋さん)は飲食業態の開業の中でも人気のあるジャンルのひとつです。パンの作り方は知っていても、商売としてパンを作り販売する場合、どのような準備が必要かわからないという方も多いのではないでしょうか。
この記事では、ベーカリーを開業するために必要な資金や資格、設備について詳しく解説し、成功するための経営のコツも紹介します。長く愛されるベーカリーを実現するために、ぜひ参考にしてください。
ベーカリー開業が人気の理由と市場規模
ベーカリーの開業が人気である理由のひとつは、1人でも始められる手軽さです。小規模なベーカリーであれば、従業員を雇わずに開業ができます。また、イートインスペースを設けなければ小さな間取りで営業ができますし、少ないメニューでもオープンしやすいこともメリットです。
『2023年版 パン市場の展望と戦略』(株式会社矢野経済研究所)の調査によれば、国内パン市場は、2020年度にコロナ禍で業務用需要や都市部の消費が落ち込むも、翌年度には行動制限の緩和でパン需要が回復し、前年度比101.0%の1兆5,354億円に達しました。さらに2026年度には1兆6,000億円台に達すると予測されています。

このようにマクロで見るとまだまだ成長が見込まれるパン市場ですが、ミクロで見ると、例えば高級食パンやフルーツサンドのように特定の商品の流行と収束があったり、近年では原材料価格の高騰による値上げであったりと、市況に合わせた経営を考える必要があります。
また、ベーカリーもさまざまなジャンルが存在します。お惣菜パンや菓子パンなど、種類を豊富に取り揃えた街のパン屋さんや、バゲット、カンパーニュなどフランス風のパンを取り揃えたブーランジェリー、高級食パン専門店、飲食スペースを併設したベーカリーカフェなど、こだわりやコンセプトによって提供する商品やサービスも異なります。どのようなベーカリー、パン屋さんを開業したいのか、コンセプトについても絞り込むと良いでしょう。
ベーカリー開業に必要な資金
ベーカリーを開業するにあたって、最初に知っておきたいことは開業するまでと、開業してから必要な資金についてです。ここでは初期投資や運転資金、さらに資金調達の方法について解説します。
初期投資の内訳
J-Net21(独立行政法人中小企業基盤整備機構)によると、店舗面積20坪程度のベーカリーを開業する際の資金例として、1,170万円かかるとしています。
項目 | 金額(万円) |
店舗物件賃貸料 | 300 |
内外装工事費 | 200 |
厨房機器・什器・備品類 | 500 |
広告宣伝費 | 50 |
研修・教育費 | 20 |
その他 | 100 |
合計 | 1,170 |
出典:J-Net21「業種別開業ガイド パン屋(ベーカリー)」
上記の項目に沿って、それぞれに必要なものを見ていきましょう。
店舗費用(店舗物件賃貸料)
物件を賃貸する場合であれば、事業用物件では家賃の3~6ヶ月分の敷金がかかるのが一般的です。他にも、不動産会社に支払う仲介手数料や前家賃、保証会社利用時には保証料が発生するなど、さまざまな初期費用が発生します。
設備費用(内外装工事費・厨房機器・什器・備品類)
パン作りにはオーブンやミキサー、発酵器などの専門的な機器が必要で、これらの導入に係る費用が大きな割合を占めます。それ以外にも、エアコンや陳列棚、レジ、什器など店舗に必要な設備費用もかかります。
その他(広告宣伝費・研修教育費・原材料費)
新たに店をオープンしたことを多くの人に知ってもらうため、チラシやタウン誌などでの広告掲載や、集客のためのキャンペーン費用などをあらかじめ広告宣伝費として確保しておく必要があります。
研修・教育費は、自身の製パン技術や経営に関する技術・知識の習得や、スタッフに学んでもらうための費用です。
その他、パンの原材料である小麦粉や砂糖、バター、イーストなどは、初回の仕入れだけでもまとまった費用がかかります。最近では原材料費が高騰しているため、どのような原材料をどこから仕入れるかよく吟味する必要があるでしょう。
運転資金の目安
開業後、売上の有無にかかわらず、家賃、人件費、原材料費、水道光熱費、各種手数料など数多くの費用の支払いが待っています。店が軌道に乗るまでには3~6ヵ月程見ておくのが安心であり、少なくとも300万円ほどの運転資金を確保しておきたいところです。
資金調達方法
開業にかかる資金は一般的に、自己資金と金融機関などからの資金調達でまかないます。
融資を受ける場合、銀行や信用金庫、日本政策金融公庫(いわゆる公庫)などの金融機関から融資を受けることを検討します。融資を受けるには売上や経費の計画をまとめた事業計画書の提出が求められます。その内容に加え、借入額や無理のない返済計画を明確にし、審査に臨みましょう。
国や地方自治体、商工団体などが用意する補助金や助成金制度も使えるかを確認しましょう。設備導入や広告宣伝にかかる費用を補助してくれるものなど、さまざまな種類があります。補助金は交付を受けられるかどうかの審査がありますが、助成金については条件に合致すれば交付されるので、どのような助成金があり、条件はどのようなものかを確認しておきましょう。
最近ではクラウドファンディングも資金調達で多く見られる手法です。開業に向けた想いや実現したいことを専用サイト上で訴えかけ、想いに共感した一般の人から支援を募るものです。ここでは支援金が集まるだけでなく、同時に店やオーナーのファンをつくることも期待できるため、開業して間もない頃に既に応援してくれる人がいることは大変心強いでしょう。一方でクラウドファンディングを実施した場合、返礼品に係るコストや、割引券、商品チケットのような返礼品の場合、売上の先食いとなることにも注意が必要です。
ベーカリー開業に必要な資格と許可

ベーカリーの開業には、食品の安全と衛生を守り法律に基づいた運営を行うために、定められた資格や許可を取得する必要があります。ここでは、必要となる主要な資格と許可について解説します。
食品衛生責任者
食品を取り扱う上で最も重要なことが、食中毒や衛生問題を未然に防ぐことです。それに向けた食品衛生学、公衆衛生学、食品衛生法について学び、衛生管理や食品の取り扱いに関する知識を得て、正しい衛生管理の下に飲食業態を経営するために求められる資格が「「食品衛生責任者」です。すべての飲食業態に配置が義務付けられています。調理師や栄養士の資格があれば食品衛生責任者になることができますが、免許が無い場合は、保健所が実施する講習を1日受講することで資格の取得が可能です。受講料はおよそ1万円です。講習は定期的に開催されていますが、地域によっては開催頻度が少ない場合もあるため、開業を決めたら早めに取得しておきましょう。
菓子製造業許可
「菓子製造業許可」は、パンやケーキなどの菓子を製造・販売する際に必要な許可です。この許可を取得すれば、パンだけでなくクッキーなどの菓子製造も可能となります。もし飲食スペースを用意し、イートインも行いたい場合、別途「飲食店営業許可」の取得も必要となります。営業許可は各自治体の管轄する保健所が行います。営業許可を受けるには厨房設備・環境の条件があるので、開業予定の店舗が条件を満たしているか、あるいは内装工事を行う場合は条件に合致した内容となっているか、事前に保健所に確認を行うとよいでしょう。
その他関連資格
防火管理者
店舗内の収容人員数が従業員を含み30人以上の場合は、防火管理者の選任が義務付けられています。イートインスペースを設ける場合、席数によっては該当することになります。
パン製造技能士
パン作りのプロとしての資格を取得するのであれば、国家資格である「パン製造技能士」があります。試験は学科と実技で構成されています。2級は実務経験2年、1級は7年、特級は1級合格後5年の経験が必要です。取得まで道のりは長いですが、本格的なパン職人がいる店としてアピールでき、他店との差別化の意味でも大きな強みとなります。
ベーカリーに必要な設備リスト

ベーカリーを開業するには、厨房設備機器、衛生設備、販売用の設備などを用意します。店舗運営においてどのような設備が必要か、具体的に見ていきましょう。
厨房設備機器
ベーカリーの厨房設備の主なものとして、ミキサーや発酵機、オーブンがあります。また、材料を保存する冷蔵庫や冷凍庫も必須です。他には、作業台や、モルダー、パイローラー、フライヤーなどを揃えておくと効率的に作業・調理ができて良いでしょう。
衛生設備
衛生設備は、パンの製造と販売における衛生管理に欠かせません。洗浄とすすぎに分かれている2槽シンクや手洗い設備、ゴミ箱、換気扇、排気フード、エアコンなどを揃えておくと快適な店舗づくりに役立ちます。
販売設備機器
ベーカリーの販売設備には、レジやディスプレイ棚、ショーケースが必要です。最近ではキャッシュレス決済も増えているため、レジは現金・キャッシュレス両方に対応できるものが便利です。商品の保温や冷蔵が必要な場合の陳列には、保温機能や冷蔵機能付きのケースも検討しましょう。トングやトレーなどお客様用の備品も揃えておく必要があります。
ベーカリー経営成功のコツ
原材料費の高騰や人材不足などで打撃を受けやすい飲食業態においては、長く運営するためのポイントをおさえた経営が重要です。ここでは、ベーカリーの開業と運営を成功させるコツを、5つのポイントに分けて解説していきます。
独自性のある商品開発
パンにはさまざまな種類がある中で、その店ならではの独自性を持たせた商品で、他店との差別化を図りましょう。定番商品のクオリティを高めるだけでなく、季節限定やイベントに合わせた限定商品を企画することも有効です。次のような工夫も、独自性をアピールする場合の参考にしてみてください。
新しい食材の活用
地元の特産品を使ったパンを開発することで地域の特色を活かし、地元の顧客だけでなく観光客にも魅力をアピールできます。地元食材や生産者の顔が見える食材を使用した食べ物は人気を呼びやすく、店や商品のファンづくりにもつながります。「この地域ならでは」のパンで、地域に愛されるベーカリーを目指しましょう。
トレンドを取り入れる
グルテンフリーや低糖質のパン、ヴィーガン対応のパンなど、健康志向やライフスタイルのトレンドに合わせた商品開発も一つの方法です。トレンドを取り入れることで顧客の関心をひくことができるだけでなく、「この店でしか買えない」ような商品が提供できれば、リピーターの獲得にもつながります。
見た目の工夫
商品は見た目も重要です。InstagramなどSNS映えを意識したビジュアル重視の商品は、顧客が宣伝してくれやすく、口コミ効果も期待できます。SNSでシェアされやすいデザインや色彩の工夫も検討しましょう。
製造プロセス
ベーカリーというと、原料の仕入れから、生地の生成、焼き上げまでを行うことをイメージするかもしれません。このような製法は「オールスクラッチ製法」といいます。一方で、たとえば冷凍生地を仕入れて成形、焼き上げを店舗で行う「ベイクオフ製法」や、成形まで行われた冷凍パンを仕入れて焼き上げだけを行う「QBD製法(Quarity by design製法)」などがあります。こうした製法をうまく組合せてプロセスを効率化したり、品揃えを充実させたりすることも可能です。
効果的なマーケティング戦略
ベーカリーの集客には、地域密着型のマーケティングだけでなく、オンラインを活用した宣伝も効果的です。特に、SNSを活用したプロモーションはコストを抑えつつ広範囲にリーチできるため、中小規模の店舗でも活用しやすい手法です。
SNSを活用
広告を出すと費用がかかりますが、InstagramやXを活用し、新商品の紹介やイベント情報を発信できれば、コストをかけずに店舗の認知度を高められます。顧客がタグを付けて投稿しやすいように、独自のハッシュタグを設定するのも有効です。定期的に投稿し、常に新しい情報を届けられるようにしましょう。投稿に対しての顧客からのアクションや問い合わせにも対応できると、顧客との関係を築くことができ印象も良くなります。
クーポンや割引の活用
SNSフォロワー限定のクーポンや、リピーター向けの割引を提供することで、初来店のきっかけを作ったり、来店頻度を上げることができます。来店時のポイントカードやスタンプカードの導入も、顧客の再来店を促す効果があるため活用しましょう。
地域のイベントに参加
店舗営業だけでなく、地元で行われるイベントやマルシェなどに出店することで、リーチしていなかった層にも店舗を知ってもらう機会を増やせます。新たな顧客層への認知拡大や新規顧客の獲得が期待できます。
原価管理と価格設定
ベーカリーの経営では、原価管理と価格設定が収益に大きく影響します。特に原材料費が高騰している昨今では、原価を適切に管理し、無駄を省く努力が求められます。
原価管理
ベーカリーの場合、原価率は商品によっても異なりますが10〜30%程度が一般的です。パンは商品単価が低いため、少しでも利益率を高められるように原価を抑える工夫をしたいところです。まずは食品ロスの削減です。必要な在庫量を把握し、適切な分量の発注を徹底することが重要です。他にも、調理時のロスを減らす工夫や、売れ残りを減らす工夫、必要分量以上の材料を使用しないための計量の徹底、手間のかかるメニューの削除などがあります。
価格設定
価格設定の際は、周辺エリアと業態の相場を調査しておきましょう。出店エリアのライバル店の価格やサービスを確認し、その地域で受け入れられる価格を見極めることが大切です。また、メニューごとの価格だけでなく、トータルの客単価も考慮する必要があります。目玉商品と利益が出やすい商品を組み合わせて、バランスの良い価格設定を行いましょう。
たとえば同じボリューム感のパンは価格を統一するなど、消費者が選びやすいような価格設定にしたり、市場よりもリーズナブルな目玉商品を用意すると、購買意欲や再来店意欲を高める効果も期待できます。
顧客サービスの向上
顧客に来店してもらうためには、顧客満足度を高めることが大切です。単に商品を提供するだけでなく、来店したお客様に満足感を与えるサービスが求められます。
店内の清潔感と雰囲気作り
飲食店である以上、店内が清潔であることは必須条件です。また、居心地が良い空間であることも重要で、リピーターの獲得に大きく影響します。内装外装のデザインや照明、BGMなども含めて、顧客にとって快適な雰囲気作りを心がけましょう。また、中の様子が見えるようにするなど入りやすい店舗作りを意識することも大切です。
丁寧な接客
来店・退店時のあいさつはもちろん、温かみのある接客を心がけることで、良い印象を与えることができます。たとえば常連客に対しては名前や顔を覚えるなど、親しみを持って接することで、来店頻度を高められます。
購入後のフォロー
パンの保存方法やおすすめの食べ方などのアドバイスを添えて販売することで、顧客にとっての「買ってよかった」という満足度が高まります。また、たとえば新商品が出た後にSNSで「どうだったか」の感想を聞く投稿をすると、顧客とのつながりをつくれるだけでなく、次の新商品づくりに活かすこともでき有効です。
スタッフ教育と店舗運営
スタッフを雇用する場合は、スタッフを教育し店舗運営が円滑に行われるようにすることも重要です。
スタッフ教育
飲食物を取り扱う店のスタッフとして、清潔感のある制服を用意し、明るく丁寧な接客を心がけます。単に商品陳列や会計といった業務をこなすだけでなく、新商品の紹介、店のこだわり、美味しい食べ方など、積極的に顧客とコミュニケーションをとったり、顧客からの質問にも対応できるようにしましょう。定期的な研修やミーティングを行い、サービスの品質を高める努力が店舗運営の成功のカギになります。
効率的な店舗運営
作業がスムーズに進むように、業務フローの見直しや改善を行うことも大切です。たとえば、製パンの工程における機器の配置や作業台の位置を変え動線を見直すことで、業務の効率が上がり、忙しい時間帯でもスムーズな対応が可能になるでしょう。また、スタッフ間のコミュニケーションを円滑にするために、連絡ツールやスケジュール管理を徹底することも重要なポイントです。
ベーカリー開業の手順とスケジュール
ベーカリーを開業するためには、事業計画の立案から市場調査、資金調達、設備購入、許可申請、オープンの宣伝と重要なプロセスがあります。開業後のスムーズな運営につなげるためにも、開業までの準備を計画的に進めましょう。
事業計画の立案
まずは、ベーカリーの開業に向けて具体的な事業計画を立てます。事業計画書を作成することで実現性を検証し、具体的な開業イメージを明確にすることができます。例えば、計画書には「営業計画」として、商品の内容や価格、広告媒体などを設定し、開業後の集客や販売方針を具体的に見据えます。「売上計画」には売上目標や利益計算を盛り込み、開業後の資金繰りや経営面での準備を行います。他にも、原材料を仕入れる業者の選定と価格の比較であったり、開業において必要な設備導入にかかる費用などもあらかじめ明確にしておきましょう。事業計画は開業の5か月前から8か月前の時期に取り組んでおくと、課題を早期に発見でき、開業までに問題点を潰しておくことができます。
市場調査と立地選定
ベーカリー開業には市場調査と立地選定も重要なポイントです。開業したい土地の近隣のパン屋さんやベーカリーカフェなどを訪れ、競合店舗の分析を行いましょう。どのような商品を提供しているか、価格帯や客層などを調査します。競合店の分析を通じて、自店の差別化ポイントを明確にします。
次に、ターゲット層を確認します。立地によって訪れる顧客の特性が変わるためです。たとえば、オフィス街ならランチやビジネスパーソン向けに持ち帰りしやすい商品が好まれ、住宅地では家族向けの品揃えが重要になります。自分が提供したいパンの種類や価格帯と、出店する立地のターゲット層がマッチしているかをしっかり見定めましょう。
周辺の交通アクセスと利便性も大切です。公共交通機関の利用が便利な場所や、駐車場が確保できる立地は集客力が上がります。立ち寄りやすいことは顧客にとっては便利でありがたいポイントです。売上に直結する部分でもあるため、利便性はよく吟味しましょう。
資金調達と設備購入
ベーカリーの開業に必要な資金は、自己資金のほかに金融機関による融資、補助金や助成金の活用、クラウドファンディングなどによって調達できることは前述したとおりです。
これらの資金調達方法を活用して集まった資金は、金額の大きい機器や厨房設備、販売設備の購入に充てましょう。店舗規模に合わせて、過剰な設備投資を避けることが大切です。新品に限らず、中古設備の導入も検討することでコストを抑えられます。また、開業後の故障は大きな痛手となるため、メーカーの保証やアフターサービスについても確認しておきましょう。
厨房機器は購入ではなくリース契約によって月額利用料で使用する方法もあります。リースの場合、初期費用を抑えられますし、メンテナンスやいざというときの修理の対応も万全です。これらは厨房機器メーカーなどに問い合わせて、メリット・デメリットを比較しましょう。
許可申請と店舗準備
開業するまでには資格取得や、許認可、各種届出など、さまざまな手続きがあります。内容や混雑状況によって申請をしてもすぐ許可が降りないこともあるため、それぞれの手続き、許認可にどのくらいの期間がかかるかを事前に確認し、スケジュールに落とし込んでおきましょう。
ベーカリーを開業する際に必要な資格のひとつが「食品衛生責任者」です。この資格がなければ菓子製造業の営業許可を申請できないため、ベーカリーを始めるにはまず食品衛生責任者の資格が求められます。
さらに、個人事業主として開業時に提出が必要な「個人事業の開業・廃業等届出書」(開業届)と「事業開始等申告書」があります。開業届は税務署へ、事業開始等申告書は都道府県税事務所へ届け出る必要があります。両者は似たような届出ですが、開業届は国税に関する届け出、事業開始等申告書は地方税に関する届け出であり、それぞれ違いがあります。
オープンに向けた準備と宣伝
いよいよ開業に向けた最終準備と宣伝活動に移ります。プレオープンを行う場合は、スタッフが実際のオペレーションを確認できると同時に、近隣の住民に店舗を認知してもらう良い機会となります。口コミでの集客も期待でき、オープン初日からの来店数が安定しやすくなる効果があるため、検討してみましょう。
ホームページや、Instagram、X、FacebookなどのSNSでオープン日、営業日、所在地、商品の紹介などを行いましょう。地元のフリーペーパーや折込チラシ、ラジオCMなどメディアによる広告宣伝もありますが、有料になるため予算を見ながらうまく使い分けしていくことが必要です。
他にも、オープン記念セールや特典付きキャンペーンを実施することで、初めての来店を促すことができます。たとえばオープン当日に限り、割引やノベルティの配布を行うと顧客が増えやすく、再来店のきっかけにもなる可能性が高まります。
よくある失敗パターンと対策
多くの店舗が経験しがちな失敗パターンを事前に理解し、適切な対策を講じることで、失敗を避けやすくなるでしょう。ここでは、よくある失敗事例を紹介していきます。
過大な初期投資
初期投資は開業準備の中でも重要なポイントです。しかし、過度な設備投資や店舗デザインへのこだわりにより、必要以上のコストをかけてしまうと、運転資金が不足し、経営が立ち行かなくなる可能性があります。
開業の際は、まずは必要最低限の設備や内装を整えることを優先し、運転資金を多めに確保することが大切です。高額な設備や内装を導入する場合は、リースや中古品の活用も検討しましょう。また、物件については前の借主が残したままの状態で借りられる「居抜き物件」も費用を抑えられ有効です。実際の運営で得られる利益が安定した後に、段階的に追加投資を行うことでリスクを軽減できるため、初期段階から大きな額を投資しすぎないようにしましょう。
商品開発の失敗
ベーカリーの命とも言える商品開発が上手くいかないと、リピーターを獲得できず、売上に大きく影響します。「開業前に十分な試作品を作らなかった」「独自性や需要の確認を怠った」などの場合、顧客のニーズに合わない商品ラインナップが店内に並ぶことになり、集客に苦戦します。
対策として、開業前に試食を行い、顧客の反応を事前に確認することが効果的です。また、顧客の好みに応じた商品改善や、季節に合わせた新商品の開発も定期的に行うことで、顧客の飽きを防ぐことができます。流行を意識しながらも自店の特色を活かしたラインナップが、長期的な顧客獲得につながります。
競合との差別化不足
ベーカリー市場は競争が激しく、特に同じエリア内に多くの店舗が存在する場合、他店と似た商品やサービスでは集客が難しいことが多いです。独自の魅力が感じられないと、他のベーカリーと比較される中で価格競争に巻き込まれるリスクもあります。
付近の競合店の調査を徹底し、どのような商品が他店と差別化できるのかを明確にしておくことが大切です。オリジナルのレシピを開発するだけでなく、素材や製法にこだわった商品や、地元の食材を使った地域密着型のメニューを提供することで独自性が生まれます。また、SNSを活用した店舗のプロモーションや、期間限定商品、季節のイベントなども差別化に役立ちます。
経営管理スキルの不足
どんなにパン作りの技術があっても、経営の知識が不足していると、収支管理や人材管理が適切に行えず、長期的な経営が困難になることがあります。
経営者として、経営の基本を学ぶためのセミナーや研修に参加するほか、特に会計や労務管理においては専門家のアドバイスを受けられると安心です。また、日々の売上や支出を記録し、収支を把握することで、無駄なコストを削減し利益率を高めることができます。スタッフの採用や教育も重要で、労働力を効率よく配置し、チームとしての士気を高めることで、店全体の運営効率も向上します。いざという時に頼れる専門家や機関を見つけておき、不安の無い経営を目指しましょう。
まとめ
ベーカリーの開業はひとりでも小規模で始めやすい一方で、計画性と対策を欠いた運営をしてしまうと失敗のリスクが高まります。開業の際は何かと初期投資に目が行きがちですが、店を継続していくための運転資金にも十分注意を払うことが大切です。失敗やリスクはつきものととらえ、事前の準備を怠らず、そして定期的な改善を繰り返し、顧客に愛されるお店と安定した経営を実現しましょう。